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「上州をゆく」
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読者のひろば
連載「上州をゆく」22 ペンネーム 国定忠治(高崎在住)
旧花輪小学校(みどり市)
▲旧花輪小学校(みどり市)
花輪駅のウサギとカメの像
▲花輪駅のウサギとカメの像
(みどり市)
周辺MAP

 足尾銅山からの物資輸送のため、敷設されたのが足尾鉄道である。銅山は閉山したが、現在は「わたらせ渓谷鉄道」に生まれ変わり、渡良瀬渓谷の観光や周辺住民の貴重な足となっている。渡良瀬川沿いに走っているので、渓谷の景観を楽しむのには絶好の路線である。列車から見る川はゆっくり流れ、優しささえ感じさせる。

  花輪駅そばに、廃校になった花輪小学校が記念館として保存されている。木造校舎で、自分が学んだ学校のような錯覚を覚えた。誰でもが懐かしさを感じ、同じ感覚を持つだろう。教室には教科書や学用品が展示されていた。使い古された教材に名前が書いてあった。この人は、どんな大人になっているだろう、などと考えた。

  「うさぎとかめ」「金太郎」「花咲じじい」など、誰でもが口ずさんだ童謡を数多く作詞し、「童謡の父」と言われる石原和三郎は、勢多郡東村(現みどり市)に生まれ、この小学校を卒業した。教員になってからは、母校の校長も経験している。児童を叱るとき、石原先生は涙を流した。その涙に心から改心した人も多い。

明治の初め頃は、子供向けの歌が少なかった。子供のためには、子供と同じ目線で歌える歌が必要と、童謡の作詞を始めた。56年の生涯で、作詞した童謡は100曲以上に及ぶ。「上野唱歌」(1900年に作詞)は「晴れたる空に舞う鶴の」で始まる。群馬を「舞う鶴」に譬えたのは和三郎だと言われる。

  高崎の佐野小など、県内小学校の校歌も作った。作詞を頼まれれば快く応じた。消防団や会社の歌も作った。しかし軍歌は作らなかった。子供を戦争の犠牲にしてはならないとの思いからだ。日清、日露戦争に勝ち、富国強兵を推し進めた時代に、戦争の愚かさを見抜いていた。花輪駅の駅舎にツバメの巣があった。ヒナが2羽いた。私の目の前を、餌を探しに行く親鳥が凄い速さで横切った。子育てに命を懸ける姿が、和三郎とだぶった。

 
 
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