はしもとランド(橋本新聞販売株式会社)
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読者のひろば
川村二郎の食歳時記 -5- 

干物

 築地市場の場外、「圓正寺」と「紀文総本店」の間を入ると、干物の小売り「都水産」がある。店主の落合正臣さんは三十六歳。元気なバリトンと五月人形の鍾きさまを思わせるヒゲ面の持ち主だから遠くからでもすぐわかる。
 
 アジでもキンキでも、ここのは何でもうまい。一度食べたら忘れられないくらい、うまい。落合さんは「買参権」というセリ場で買える権利を持っている。卸しを通さないから、安い。

 毎朝セリ場にいき、セリ落としたものを家で焼いて食べてみる。うまいと思ったものしか、店に並べないことにしている。並べ方も、冷凍の干物をむき出しにして並べている店もあるが、電灯の光りで色艶がよく、うまそうに見えても、そうするとどうしても解ける。一度解けかけたものは、味が落ちる。冷凍用のケースに並べると、ガラス越しになるから見た目は損をする。しかし味を考えれば、その方がいい。

 それもこれも、「うちのお客さんが『おいしかった。また食べたいな』と思って下さるように」と、願ってのことである。


  どんな焼き方が一番うまいか。聞けば即座に、目をキラキラさせて、的確に教えてくれる。昨今は、「この干物どうやって食べるの?」と聞かれることがある。「どうやって」の意味がわからず尋ねると、「これ、煮るの?焼くの?」と聞き返され、驚くことがある。
川村二郎の食歳時記 -4- 

 中国料理の料理人、孫成順さんは北京生まれ。東京にきたのは1991年のこと。28歳のときである。この名前を知ったのは広尾の「T」という店の調理場に立って間もないころだった。

 中国では料理人のランクが十一段階に分かれていて、一番上の位を「特級厨師(ちゅうし)」という。この資格を取るには、優秀な人でも二十年以上の修行が必要で、ふつうは40代にならないと取れない。孫さんはそれを、25歳の若さで取った――というのが、案内をしてくれた食通の友人の説明だった。
 しかし孫さんはそんなことを少しもハナにかけない。味と人柄にひかれて六本木の『龍坊(ロンファン)』に移ってからは、ちょくちょくゆくようになった。
 『龍坊』の『坊』はどういう意味なのか、教えてくれたのは孫さんである。
「坊はね、小さな家のことよ。立派なおうちは『府』と書くね」
  うまいものを食べながら、調理場から客席に出てきた孫さんからこういうことを話してもらうのは、考えてみれば贅沢なことだ。

  何でもうまいが、僕が好きなのは牛肉チャーハンだ。
 牛ロースの柔らかな歯ざわりと野菜のシャキシャキとした歯ごたえ。それにピリ辛の3つが奏でるハーモニーはさらりとして品がいい。孫さんならではの味である。
 その孫さんが、9月からいよいよオーナーシェフになった。店の名は『孫(ソン)』である。

川村二郎の食歳時記 -3- 

 食事に行って、臭いのするおしぼりが出てくると、とたんに興醒めするものだが、うなぎの『竹葉亭本店』はそういうことがない。街のおしぼり屋のものは使わず、自分のところで洗っているからである。こういう神経を使う店は、間違いなく味もいい。「うなぎはニガ手なの」という女性がいるが、そういう女性も一度食べると、「ここのカバ焼きは、他のお店と違うわね」と言って、ちょいちょいくることになる。
 この事実を書けば、どううまいのか、くどくど書く必要はなかろう。

  帳場にいる白髪の具合の大層いい感じの女性が、六代目の女将、淳子さんである。
  女将の実家は、どじょうの老舗『駒形どぜう』である。『竹葉亭』も幕末の創業だが、『駒形どぜう』は1801年創業だから、歴史はうなぎよりどじょうの方があるが、どちらも戦後、東京で百年以上続く老舗約50店が集まってできた『東都のれん会』の有力な会員である。
 どじょうの店からうなぎの店に嫁いで41年になる。「どじょうは庶民のもので、うなぎは上流の方が召し上がるものだと教えられていましたけれど、駒形にはこちらのように、黒塗りのお車でみえるお客さまは、おられませんでした」
 イス席を作る前は、店の中に風呂があった。そのころは、ひと風呂浴びてから食事という客が、珍しくなかったそうである。
 こういう話が、味を一段と引き立てている。

川村二郎の食歳時記 -2- 

    お酒飲む人花なら蕾(つぼみ)
       今日も咲け咲け明日も咲け

 サクラの季節がくるといつも思うのは、「世の中は何と不公平で不平等なのか」ということである。南北に長い日本では、南の方ではもうサクラは散ったというのに、北の方ではまだ蕾がかたい。
 このコラムをお読みいただいているあなたのところでは、もう咲きましたか?これからですか?
 福島県の白河といえば、江戸の後期に「寛政の改革」をおこなった松平定信の国元。ここは小峰城の城址のサクラもいいが、松平定信の作った「南湖公園」のサクラも捨てがたい。いずれにしてもこの花は、城下町によく似合う。

  白河には『開花堂石倉煎餅店』という名のせんべい屋がある。創業から数えると100年になるという。栄枯盛衰の激しい当節、「老舗」の部類に入るだろう。
 仕切っているのは石倉康三郎さん。2月で51歳になった。
「うちは代々長生きの家系でしてね。おかげさまで3代目のおやじもおふくろも、元気でいてくれるんですよ。ですから、私は4代目なんですけど、まだまだ使われている身なんです」

  今の季節、おすすめは「桜煎餅」だ。サクラの花ビラの形をしたせんべいに上白糖がサラリとからめてある。今の人の好みに合わせて甘さを抑えているそうだが、その程がいい。素朴な味でサクサクとした歯応えは、石倉さんの声と話し方に似て、とても感じがいい。

川村二郎の食歳時記 -1- 

『きんかん糖』
群馬県の高崎は、どういうわけか甘納豆屋が多いが、「横山製菓芳房堂」もその一軒である。
専務の森雅幸さんは55年6月生まれ。ブラジルに憧れて大学でポルトガル語を学び、勉強会に出るようになった。そこで4つ下の魅力的な女性と出会い、恋に落ちる。その女性というのが、「芳房堂」のお嬢さんの正美さんだったというわけである。

2人が結婚したのは80年2月のこと。甘い新婚生活の果実となったのが「きんかん糖」である。きんかんをきれいに洗って竹串で小さな穴を開け、煮てもしわが寄らないようにする。そして甘く、甘く煮詰めていく。

なんだ、それだけのことか、昔はうちでもやっていたと思われるかもしれない。しかし1粒口に入れれば、そんな簡単なものではないことが、すぐにわかる。確かに甘い。しかし甘いだけではない。舌の上で転がしていると、古きよき時代の日本の、さまざまな思い出が蘇ってくる。妙にうれしくなるのである。

  「煮詰めていく過程にいろいろ秘密があるんですけど、とにもかくにも手間をかけることです。手間を惜しまないのが、日本の良さですからね。砂糖はグラニュー糖をブレンドして使っています。もちろん、国産のグラニュー糖です。」
きんかんは、鹿児島や宮崎や和歌山が多い。
冬の間だけなので、買えるのは2月いっぱいである。

 11月23日(木・祝)ザスパ草津VSヴィッセル神戸の試合が行われるこの日、午前10時30分より『ザスパ草津』ボールパークが県立敷島公園陸上競技場で開催されました。この日はヴィッセル神戸が勝てばJ1昇格が決まる試合ということで、はるばる神戸から熱烈なファンが大挙して応援に駆けつけていました。
朝日サッカーサポーターズクラブが主催するこの催しには、多くのサッカー好き少年・少女が訪れ、シュートスピードチャレンジ(時速100キロ近くの子もいました)、キックターゲット(今回は大人もOK)、時間を競うドリブルチャレンジ、の3種類の競技に挑戦しました。
参加していただいた少年少女には、後ほど「PHOTO入りメモリアル記念証」、「シュートスピード入りの記念写真」と「ザスパの手ぬぐい」を最寄のASAよりお届け致します。

  当日は天気に恵まれ、朝方気温は低かったものの、日差しとともに暖かくなり、子どもたちの元気な声が飛び交う中、スタッフの一員としてお手伝いしました。参加してくれた子どもたちの笑顔と歓声に寒さも忘れました。キックオフの午後1時、盛況のうちに無事終了。参加していただいた、ご両親と子どもたちに感謝申し上げます。年内はこれが最後、次回は年明けとなります。  取材/丸岡
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