●癒しの歴史――「女人高野」に蘇った五重塔
室生寺の門前に「女人高野(にょにんこうや)室生寺」と刻まれた石柱が立っている。室生寺は江戸時代、五代将軍徳川綱吉の母桂昌院が多くの寄進をしたことから、その力添えにより女性にも参拝が許された。同じ真言宗の女人禁制の高野山に対して「女人高野」と言われるようになった由縁である。
創建は奈良時代の末期と言われる。奈良盆地の東、室生の地は雨が多く、龍神すなわち水流を司る神・青龍が棲むと言われていた。龍神信仰が広まるにつれ、雨乞いの儀式も盛んになった。桓武天皇の病平癒を室生山で龍神に祈念したところ快癒し、喜ばれた天皇が自ら発願し国家鎮護の寺院として発足したのが室生寺である。
興福寺の僧・賢璟(けんけい)により創建されたことから法相宗の寺院であったが、時代が下るにつれ天台宗や真言宗の影響を受けるようになる。桂昌院の影響力が大きくなると、興福寺を離れ真言宗の寺院となった。境内は室生山の山麓から中腹にかけて広がる。仁王門をくぐり鎧坂を上ると金堂、弥勒堂などが目に入った。どれも国宝級の建物である。
室生寺を象徴するのが五重塔である。屋外の物としては日本最小で、高さ16.1メートル。1998年の台風で大破した。約1200年前に建立され、法隆寺の次に古いこの塔はボロボロに破壊され、再建は絶望しされていたが、最先端技術を駆使し奇跡的に蘇った。
傷つき心に病を負った多くの人々が癒しを求めて参拝に来たに違いない。もちろん私のような呑気な観光客も多かっただろう。どちらにも何かを優しく語りかけて来た五重塔である。静かな山中で千年以上にわたり人々の心を癒してきたこの塔の歴史は、これからも続いていく。