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キャメルンからの手紙・連載(バックナンバー)

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キャメルンからの手紙

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キャメルンからの手紙バックナンバー(アーカイブ)

◆キャメルンからの手紙◆第24話「去りゆく2012に想う事」

文章:空羽(くう)ファティマ 切り絵:海扉アラジン

 

きのうより少し息を吸おう。

今起きていることから目をそむけずに、2011.3.11…、大きすぎる重い悲しみが今も続いている。

たくさんの人の心を打ちのめし尊い命や思いの詰まった我が家が黒い渦の中にあっという間に消えていったあの日。

 

そして今1年半が過ぎた。涙は枯れる事なく深い心の傷は癒える事ないまま、いつどうなるかわからない原発は痛々しいその姿をさらし、文明と便利さだけを追い求め続けてきた人類をあざ笑う様にそこに在る。高い確率で起こると予知されている大地震が再びきたら…、私達に住む場所は無くなる。私達が今、生きている日常は明日の知れぬリスクの中にかろうじて成り立っている夢の様にはかないものだ。けれど落ち込んではいられない。1つ1つやれる事を1人1人がやっていくしかないのだ。私たちは全てを失ったわけではなく、神は日本を滅ぼさせようとしているわけでもなく、再生させようとこの試練を与えたと信じている。長崎、広島そして福島を見た日本に世界の平和のリーダーになる事を求めているのだろう。

 

毎晩寝る前に娘と祈る。今日一日無事に過ごせた事に感謝しますと。欲しい物などもう何もない。みんなが無事に生きていればそれで充分。生きている事…それこそが奇跡。それをあの日に学ばせてもらった。

 

人間はずっと上を見て生きてきた。もっといい生活へ。もっと便利な暮らしへ。もっと大きな家に住みもっとお金が欲しいと。

人の欲はとどまる事を知らず地球の温暖化は進み、人々は欲を争い殺し合い、世界には銃と核と原発があふれている。

「それが本当に豊かな暮らしと呼べるのか?」その問いをとことん各自に問いただす為にこの津波は起きたのかもしれない。3.11は私たちに「日常の幸せ」と「命の重み」をつきつけてきた。今迄の全ての価値観が音を立ててくずれていった。あの津波が飲み込んだのは私達人間のおごったその意識″だった。

当たり前の事なんて何1つなかった。「生きているだけでいい」そんな一言をこんなに心の底から言えたことは今迄になかった。その為に2万人近い人の命が犠牲になった。その死を無駄にしてはいけない。それは私達みんなが背負うべき痛みでなくてはならない。

もう今迄の私達に戻りたくない。さあ上を向こう。明けない夜などないのだから。


 

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◆キャメルンからの手紙◆第23話「娘との2人旅を終えて」

文章:空羽(くう)ファティマ 切り絵(枠):海扉アラジン イラスト:N

 

この夏休み、娘と2人で旅に出た。

各駅電車とユースホテルを使ったぶらり自由旅だ。優雅に思われそうだが私にとって必死な娘とのリセットの為の本気の企画だった。

今年の夏は娘にとっても試練の夏だった。今迄あたりまえにあった毎日の生活が激変した。失ったものはあまりにも大きく彼女は荒れた。反抗してへ理屈を言いあばれた。理性が保てないようだった。けれど一言も「つらい」とか「さみしい」とは言わず耐えていた。泣く時も他の事を口実にして泣いていた。まともに受けたら心が壊れてしまうからだろう。私との関係のバランスもくずれた。でも人生はどんなにつらくても受け入れて前に進むしか道はないのだ。

 

そう、あの東北の人達の様に。どうしようもなくつらくなると彼らのことを想った。あの人たちの様に全てを失ったわけじゃない。私には愛する家族も流されていない、家も残っているのだから、へこたれてはいられない!と自分にハッパをかけた。そしてリセットの旅にでかける事にした。

 

日常から離れて思い出がつまっている家を離れて、違う土地で見知らぬ人の中で心の整理をしようと思い10日間の旅にでた。

日本で1番高いお山がみたいというのでまずは富士山に行った。野生のシカの優しい目に胸キュンした。諏訪湖では美術館回りや工芸体験をした。松本、安曇野、金沢…、安曇野は朝ドラの「おひさま」の美しい風景そのもので山というものはこんなに心にしみるものなのかとうっとりした。

 

楽しもうと来た旅なのに大きなけんかを何回もした。わざわざケンカしに旅に来たわけじゃない!と私は怒って泣いた。見知らぬ地にきたら、いつものなまいきさが少しは薄れてしおらしくママに頼るかと思ったけど娘はいつもと何も変わらずえばっていて、ちっともこびなかった。むかつきながらもそんな彼女を尊敬した。意地をはって1人で持つと言って山道で重たいかばんを30分も1人でネをあげずに持ちつづけた時はかっこいいと思った。さすが私の子!!旅に出ただけでイイコになんてなるハズなかったのだ。そしてそういう風に人にこびるな、自分の想いを通しなさいと育ててきたのはこの私だった。

 

それでも大きなお寺のお堂に2人だけで恐がりながら泊まったり、夜、ぶどう畑の中をユ−スを探して歩き回ったり、2人で経験した思い出はずっと彼女の中に残ると思う。たくさんケンカしてたくさん人に優しくしてもらった旅だった。何が変ったわけじゃなくてもそれでもいい夏だったなぁって思った。自宅から現地情報をマメにパソコンで送ってくれたパパのヘルプもありがたかった。

 

そして旅から帰って学校が始まった。するといつの間にか、あんなに反抗していた娘が、けとばさなくなり口をとがらしてにらむ、なまいきもかなり減っていた。時が解決してくれる事ってこういう事なのだろう。「起きることは全て必要なこと。ありがとうの気持ちを忘れずに」。娘の机の前の壁に私が書いてはった言葉だ。

 

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◆キャメルンからの手紙◆第22話「最後の日に"いい人生だった"といえる為に」

文章:空羽(くう)ファティマ 切り絵:海扉アラジン

 

私は毎週、朝10時からラジオ高崎76.2FMでいろんなテーマで話をしているが先日の放送で話したことを書こう。

日本人は持っている実力の6割程しか出来ないと謙そんする事が美徳だと思われているが一歩日本を出ると6割しか出来なくても100%出来るから任せろと自分を売り出す人が多い。そして実際にそっちのハッタリともいえるやり方を試してみて知った事は実力が足りない分は気合いや火事場のバカ力とやらで必死になんとか補おうと普段以上の本気を出そうとする事で今迄の力以上の力が発揮できてなんとかこなせてしまうものだ。それが自信や経験となってきた。

 

もともと人生とはいつもぶっつけ本番のものだ。何の前ぶれもなくいろんな事は起こるし明日どうなるかなんて誰にもわからない中を私達は手探りで生きていくしかない。あの津波がそうだった様に。だから練習に頼らずその場で起きることにいかに対処できるかの力と度胸を持って日々を生きていった方が良い。ハッタリ、バンザイである。でもハッタリを使えるだけの自信と経験はある程度は身につけていないとだめだけれど。失敗を恐れてはじめからムリと尻込みするよりビビリながらも「やってみます!」と言うことをすすめる。そこからきっと何か新しい扉が開くものだ。

 

明日はいつも新しく、どんな自分に出会えるか楽しもう。自分という人間がこれからどう生きていくかを決めるのはその人自身だ。あなたが主役の舞台の人生なのだ。1回限りの。いつの日かこの世を去る日「いい人生だった」と言えるために私は今日1日を生きる。そう心がけてる。人にほめられなくてもいいし責められることもある。でも自分が自分に堂々とできるならそれで良しと私は思っている。世界中の人にほめられても自分が自分を嫌いなら楽しくはないだろうから。自分を好きでいる為だけに持っている力の全てをかけて生きているような気がする。その結果がたまたま人にほめられたりする事もある。

 

続けている、東北全額チャリティ支援朗読会などもエライですねといわれるが私はエライわけではない。せめてこの位しないといやなのだ。私には雨露しのげる津波に流されていない家があり生きてあたたかな、体で「ママただいま」と帰ってきてくれる娘がいる。それだけで充分幸せな事だとあの3.11以降私は知ったからだ。知ったというよりそのことへの感謝はズドンと心の中に落ちてきた。今こうして書いているだけで泣けてくる。生きている、生かせてもらえている事の重みと幸せ。そしてこの幸せを知った者の方が生きている事が楽になると思う。グチを言っている終わる人生よりありがとうの想いを持って生きられる人生の方が楽しいからだ。

 

私は楽しい事、したい事だけしかしていないわがままな人間だ。そんな私とぜひ一緒に東北の方の為に出来ることをして下さいませんか?10月28日前橋元総社町夢スタジオで2時半開場の全額チャリティ朗読会を作者の私が朗読しフラメンコダンサー12人と生演奏3人の素敵な愛のあるイベントに心ある方ぜひおいでいただけたら…。

 

 

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◆キャメルンからの手紙◆第21話「羊のおしっこ」

文章:空羽(くう)ファティマ 切り絵:海扉アラジン

 

起きている現実は何も変わってなくても、受け止め方や考えかたの角度をほんの少し変えるだけで全く違った出来事の様に感じる事がある。

 

私はモロッコの旅でアトラス山脈をおんぼろバスで走っていた。
ガードレールもなく真下は深い谷がすぐ窓の下に見える。しかも谷底には、何台ものバスが転落したまま引き上げられずに落ちたままで放置されているので、いつ自分もそういう目になるか分からない状況におちおち居眠りも出来ない。でも冷静に考えると私が寝ていても寝なくても事故は起こる時は起こるのだ。そんなことをグルグルと頭の中で考えたり、バスの中で白骨化しているであろう気の毒な犠牲者の事を考えたりしていると、バスの後ろの方から何やら水が流れてきた。
「何?」と驚き振り向くと、なんと一番後ろには3頭の羊さんがフツーの顔して乗っているではないか!?すると…、この水は…、羊のおしっこ!あわてて足を持ちあげる私。そして気づく。さっきまでの私は死の恐怖におびえていた。なのに今、私は羊のおしっこから身を守れたことにほっとしている。「あーっよかった!セーフ!」なんておもっている自分。外には相変わらず深い谷がパカンと口をあけているコワイ状況なのに。

生きていくってこうゆうことなんだろうなと思った。

確かに命の危険のあるバスだけどそれは今いくら心配したってどうにかなる事じゃない。どうしても心配ならばバスを降りるしかない。それをしないなら、もう覚悟を決めて乗っているしかないのだ。そして今確かに目の前にある現実は、ガケに落ちることではなく羊のおしっこをいかに避けるか、なのだ。
そうやって目の前の出来事を1つ1つ乗り越えて生きていくしかないのだろうな。シリアスになればいくらでもなれる。頭をかかえてガケをにらみ続けることを私は選ぶのはいやだと思った。
起きていることは変わらなくても、考え方1つで幸せにもなれるし不幸にもなれるのだ。それを選ぶのは私自身なのだ。

 

この考え方を子育てに当てはめてみよう…。
子供には時間感覚というものがない。あと1分で学校に出かけなけくてはならずあせっているママの前でいきなり座り込み本を読みだす娘に「信じられない!」と叫ぶと「そういうアレルギーなんだよ。きっと」だって!
月曜日1日しか学校に行ってないのに「明日お休み?」と2年生まで聞いていたし。でも子供には子供の時間のペースがあり、大人が勝手に決めた大人の都合の時間枠に子供を押し込めようとしているのはかわいそうだとも思う。そう冷静に考えられればこんなご立派な口答えも成長の証ととらえられるけど、大人側に余裕がなければ笑えるゆとりもなく怒ってしまうだろう。
つまり、子供を怒る、怒らないはほとんどが子供自身の問題ではなく大人側のゆとりのあるなしにかかっているのだ。子供は感じたことを口にし、やりたい事を悪気なくただやっているだけなのだから。まぁ、その「ゆとりを持つ」っていうのが難しいのですケドねー!!

 

 

 

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◆キャメルンからの手紙◆第20話「10年の重み」

文章:空羽(くう)ファティマ 切り絵:海扉アラジン

 

10年と一言に言うが10年は大きい。

10年前は40才でその年に初めての子を授かった。初めてママになる不安と喜び…。そしてその子がこの夏で9才になった。自分の足で立ち、言葉を話し2ケタのかけ算なんてしてる。橋、物、様なんて難しい漢字も書いている。おなかの中のミジンコのような小さな小さな命が「怒りたくないって言うなら怒らなければいいじゃん!?」なんてくやしいけどモットモな事をいい返してくる年月…。それが10年。

 

あと10年したら私は60才になる。60かあ…、う〜んおばあちゃんスタートっていう年代?その時私は何を想い何をしているだのろう。

今より安全な日本になっているといいな。放射能の心配が今より悪くなっていませんように。温暖化も戦争も…人間がもっと地球や人と仲良くなっています様に。先の事はいつだってわからない。大きな地震だってどうなるかわからない中で私達は綱渡りの様に生きているのが現実だ。そのリスクに目を閉じようと向かい合おうと起こるべき時には起こるのだ。シリアスに考えたらウツになってしまういろんな問題があふれている現代だけれど、今自分に出来る事を1つ1つ誠意を持ってしていくしか道はない。

 

今年PTA会長になった私は子供達に命の尊さを教える事に全力を注いでいる。どこまで出来るかわからないと思いつつ。それでも少しづつ学校も変わっていき応援してくれる人もふえてきた。ありがたい。そういう毎日の積み重ねが1年1年を造りやがて10年になっていき、その時の流れを想う時、その時の自分を好きでいられたらいいなって思う。

 

最近思う事は生きていく事は無常だという事。変わらぬものなどないのだという事。すべては変化している。私の頭の中の脳細胞も毎日ものすごい数が死んでいる。今日の私は昨日の私ではなく同じ日は2度と来ない。

夜ベットで家族3人と犬1匹で無事に1日が終わり眠れる幸せに感謝する。こんな幸せを2度と持てる事ができない家族を失った東北の人がたくさんいる事を思う時、つらい事があってもがんばらなくてはと思う。10年たっても大切な人を亡くした悲しみは消える事はないだろう。けれど今より笑う回数が増えたらいいなあって祈ってる。それを行動に移したくて私の絵本の新作を小学校の子供達に1ページづつ書いてもらい本を作りその収益金を東北のママやパパが死んじゃった子供達に送るイベントを企画した。子供でも人の力になれるという自信を持ってほしかった。そしてつらいけど応援してくれる人達もいると東北の子に知ってほしかった…。私も読者のみなさんも明日の保障のない中で生きています。

 

特にこの2012年は大きな変化の年だと言われ、それぞれの人にいろんな形の試練が起こっているようです。けれど1つの扉が閉まれば必ず別の新しい扉が開く事を信じ、ないものを数えるのではなく今あるものに感謝してここを乗り越えていきましょう。明けない夜などないのだから…。

 

 

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